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幕府の仕組み早分かり

時代劇や時代小説では、さまざまな役職についている人物が出てくる。だが、老中や町奉行、代官は実際にどんな仕事をしているのかわからないことが多い。

【幕藩体制】

江戸時代の政治組織・社会構造のこと。幕府の重要な役職には譜代(ふだい)大名と旗本が就いた。

【大名、旗本・御豪人】

石高一万石以上の武士が大名で、家光の時代以降はほぼ二六〇~二七〇名。一万石未満の直参(幕臣)は、旗本と御家人に分かれ、御家人は将軍にお目見えできなかった。十八世紀前半で旗本は約五二〇〇名、御家人は約一七〇〇〇名。大名や旗本の家臣は陪臣(ばいしん)と呼ばれていた。旗本・御家人や大名の家臣のなかには、貧乏に甘んじ、いわゆる「泣き暮らし」を送っていた者が少なくなかった。また、借金の代わりに、町人や農民と養子縁組みをして、彼らに武士身分を売り渡す者もいた。

【知行取と蔵米取】

上級の旗本以外の直参は、知行地(領地)ではなく、蔵米を与えられていた者が多かった。将軍、大名、上級旗本のような領主と、俸給として米をもらう武士の二通りがあったわけだ。俸禄米の受取・換金の代行業が蔵前の札差(ふださし)で、札差は米を担保に幕臣に金を貸して儲け、富裕なことで知られていた。

【足高(たしだか)の制】

家禄は家ごとに決まっていたが、吉宗にときに、役職ごとの報酬(役高)と家禄の差額がもらえる制度が確立した。大岡忠相(越前守)は一九二〇石で家督を取って以来出世を続け、七十一歳のとき奏者番(そうじゃばん)に就いて大名となった。家禄五〇〇石の旗本であった遠山景元(金四郎)は町奉行に出世して、三〇〇〇石となった。

【三奉行】

寺社奉行、(江戸)町奉行、勘定奉行のこと。寺社奉行は大名職で、町奉行と勘定奉行は老中支配の旗本職。また、下三奉行もあり、考中東配の普請奉行(石橋・堀などの土木工事担当)、作事奉行(寺社などの修繕などを担当)と若年寄支配の小普請奉行(江戸城・徳川家菩援寺などの普請・修復)。

【評定所】

幕府の最高司法機関で、三奉行を中心に老中、大目付、目付も参加して合議、裁判を行った。

【旗本の処分】

旗本が何かやらかしても、町奉行配下の与力や同心に逮捕権はなかった。大岡越前守や鬼平も旗本には手が出せなかったのだ。不良旗本には上役からの注意や処分があり、極めて悪質な場合は考中から文書が届き、これを受け取った者は「お家断絶」を避けるため切腹することが多かった。切腹した旗本はほとんどの場合、表向き病死扱いになった。

【番方(ばんかた)】

本来は軍事方の役で、大番、書院番、小姓組、新番、小十人組が五番方といわれた。それぞれの長は頭(かしら)呼ばれた。太平の世が続くと役割は低下していった。

【役方(やくかた)】

行政や財政、司法などの役で、三奉行や遠国奉行、郡代・代官など。江戸時代の初めは番方重視だったが、次第に役方も重要視されるようになっていった。

【郡代・代官】

幕府職制では勘定奉行の支配で幕領の年貢徴収や司法や司る地方官。各藩でもこれに準じて郡代・代官を置いた。村では百姓代・組頭・名主ら村役人が行政を担っており、郡代・代官がこれを支配した。



江戸時代の主な職制

将軍

・大老
非常置職。江戸時代を通して十人の大老がいた。

老中
三~五名による月番制。原則二万五〇〇〇石以上の譜代大名が就く。幕府の政務の銃轄者。

・側用人(そばようにん)
非常置職。将軍に近侍し老中より力を持つこともあった。綱吉・吉宗などは側用人を重用した。田沼意次のように側用人から老中になった者もいる。

・京都所司代
一名。幕府の西国支公家・寺社や西国大名の監察、遠国奉行の支配をした。与力五十騎、同心一〇〇名が配属された。役高一万石で老中に次ぐ格式を誇ったが、幕末には京都守護職が創立された。

若年寄
三~五名。江戸城勤番の旗本を統轄。

・寺社奉行
三~五名による月番制。全国の寺社と寺社領、修験者・陰陽師・虚無僧や芸能者を官掌した。関八州以外の私領の訴訟も担当した。

・大坂城代
一名。大坂城の守護と西国大名の監察。五万石以上の譜代大名がなることが多い。

・奏者番(そうじゅばん)
人数は決まっていない。大名や旗本が将軍に謁見する際に進物の披露、下腸物の伝達などを司った。老中への出世コースとなっていた。

老中支配

側衆(そばしゅう)
五~八名。老中・若年寄との取り次ぎ役。役高五〇〇〇石。


大番頭
一二名。一二組ある大番頭の長。江戸城・江戸市中、二条城、大坂城などの警備を担当。役高五〇〇〇石。

大目付
四~五名。大名・旗本の監察をしたが、江戸中期以降各藩への法令伝達や宗門改役・道中奉行を兼任した。役高三〇〇〇石。

小普請組支配
五~十名。三〇〇〇石以下の無役の旗本・御家人を支配・監察した。役高三〇〇〇石。

町奉行
二名。基本的に南・北奉行が月番で交代。町支配の行政・司法・警察・消防などを全般的に担当した。与力・同心が配属されたが時代により人数は変わった。警察にあたる役割は三廻(定廻・臨時廻・隠密廻)の同心で、南北各十数名(江戸後期)程度しかいなかった。旗本の出世コースの一つ。役高三〇〇〇石。

勘定奉行
三~五名。幕領の租税徴収や幕府財政の運営、幕領と関八州の私領の訴訟を扱った。郡代・代官や関八州で警察権を行使する関東取締出役(八州廻)や蔵奉行、金奉行などを支配した。享保以降は勝手方(年貢・譜請)と公事方(公務・司法)の二部門の分かれ、それぞれ月番制となった。役高三〇〇〇石。

遠国奉行(おんごくぶぎょう)
甲府勤番支配(二名・役高三〇〇〇石)、伏見奉行(二名・役料三〇〇〇俵で譜代大名が勤めることが多かった)京都・大坂・堺・長崎、佐渡などの奉行。定員二名の奉行は現地一名・江戸一名となっていた。

高家(こうけ)
二十六名(世襲)。朝廷関係の儀式典礼や勅使の接待などをつとめる。役高一五〇〇石。

禁裏付(きんりづき)
二名。御所で天皇や公家の監視をした。役高一〇〇〇石。


若年寄支配

書院番頭
十名前後。将軍の身辺や城内の警護、江戸市中の警備を担当。役高四〇〇〇石。番頭の補佐役である組頭は役高一〇〇〇石。

小姓組番頭
十名。書院番とほぼ同じ役割。役高四〇〇〇石。番頭の補佐役である組頭は役高一〇〇〇石。

百人組頭
四名。甲賀・根来・伊賀・二十五騎の四組ある鉄砲組の頭。役高三〇〇〇石。

新番頭
四名。江戸城や将軍出行の警護の他、武器、馬などの検分もした。役高二〇〇〇石。

持弓頭(もちゆみがしら)・持筒頭(もちづつがしら)・先手鉄砲頭(さきててっぽう)・先手弓頭各数名。各役高一五〇〇高。

目付
十名。旗本・御家人の銃制を行い、奉行への出世コースの一つ。役高一〇〇〇石。

小十人組頭
十名前後。将軍出行の下見をする。役高一〇〇〇石。

使番
二十八名。使者として諸藩へ行く役目。役高一〇〇〇石。

※太字は大名職、それ以外は旗本職

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